「矯正の方法」

某所にうpしようと思ったけど怖気づいて出来なかったSS
鬱展開喫煙ネタ自傷行為ネタ注意



彼女は、煙草を吸う。
言うまでもなく、彼女は未成年であり、
煙草を吸ってはならない人間である。
周りもそれを知っている。
だが、誰も止める人はいない。
止められないんだ。
止めたところで、
彼女が煙草をやめる可能性はないに等しいから。
何度もとめたけど、彼女はそれを聞かなかった。
むしろ僕に対して怒鳴り散らした。
これが唯一のストレス解消法なんだから
仕方ない、と、彼女はこれを正当化した。

だから、僕は…。

「矯正の方法」

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おはようございまーす、と明るく入ってきた彼女に、
いつもどおり、声をかける。
いつもと同じように、
出来る限りの笑顔で。

「おはようございます、あきら様!」
「あ、まだいたの?白石さん」

彼女の僕に対する態度はいつもこうだ。
それに慣れてしまっている僕もどうかと思うが。

「すみません…」

何で謝ってるんだろ、謝る必要なんて微塵もないのに。
僕は曖昧に笑って、彼女に背を向けた。

「「はぁ…」」

2人分のため息がする。
同じタイミングでため息ををついたのだろう。
ちょっとびっくりした。

1年間以上一緒に仕事をしてきて、
最近やっとお互いの息が合ってきたのではないかとも思う。
え?遅い?
そう、ですかね…?

一緒に楽屋に入る。
彼女はいつものようにため息と一緒に
通学かばんを雑に床に放ると、
どっかりと肘掛つきの椅子に座る。
ポケットに手を突っ込み、取り出したのは、
白い箱と緑のライター。
僕は彼女がこの2つを持ち出したら、
灰皿を用意しなければならない。
けれども今日は動かなかった。

「白石、なにしてんの?」
「……あきら様、あの、煙草を吸うのはやめたほうがいいです。」
「はぁ?」

彼女の目は、ゆっくりと、しかし鋭く僕を見た。
彼女の思い通りにならないと、いつもこうだ。
でも僕は動かなかった。
今日こそは、彼女に煙草をやめてもらわなければ。
僕は怒りの感情を殺して、
なるべく笑顔で彼女に注意した。

「だから、あきら様は煙草を吸っちゃいけません…」
「何よ今更!」
「あきら様は、まだ14歳なんですから、」
「あんたには関係ないでしょ!」
「ダメです、健康に悪いんです!まだ、先が長いのに、そんな、」
「うるさい!あんたに何が分かるっていうのよ!」

ばん、と机を思い切りたたく音。
その衝撃で、机の隅のアルミの灰皿が揺れる。

「今更あんたに指図される覚えなんかないわ、灰皿持ってきなさいよ。」
「…嫌です。」

分かってもらえなくて、僕は少し困ってしまった。
彼女が僕の話を聞かないのはいつものことだけれども、
それでもかまわない。
僕は、彼女の体が心配なんだ。

ただ、それだけなんだ。

だから僕は彼女に笑いかけた。

「あきら様、吸っちゃ、駄目です…」

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珍しく白石があたしにはむかった。
いつもはHOIHOIやっちゃうのに、なんかおかしいなとは思った。

その予感は、当たっていた。
今日の白石は、とても、おかしかった。
でもあたしは、それに気づくのが遅すぎた。

ずんずん、と白石はこちらにやってくる。
いつもみたいに、笑っている。
こいつ、笑いながら怒るやつだっっけ?
…まぁいいや。
それにかまわずあたしは煙草に火をつける。
炎が音を立てて、白い煙草の先端を、赤く染めた。

あたしがその煙草を口に咥えた瞬間、
何かがその火を消した。

「っ…!」
「な、なにしてんの、白石!」

煙草の火が、消えた。
大きな手のひらは、先端を握りつぶす。
赤い光は消えてしまった。

あたしは白石を見上げる。

笑ってる。

何で?
どうして笑ってるの?
気味が悪い。
熱いはずなのに、なんで笑ってられるの?

「…白石?」
「なんでしょう?」
「あの、だ、大丈夫…?」

焦る。
いつもの、白石だ。
でもいつものあいつじゃない。
どうなってるの。

どうしちゃったの?

あたしは口をあけたまま、奴を見上げる。
笑ったまま、奴はあたしを見る。
何事もなかったかのように。
顔色を変えずに、火の消えた煙草を、
灰皿の中へと連れて行く。

「駄目じゃないですか、まったくもう…」

あたしのことを、子供をあやすみたいに、
火傷をしたほうと逆の手で頭をそっと撫でて、
小指を差し出す。

「…なに?」
「ゆびきりげんまんです。」
「は?」

狂ってる。
とうとうおかしくなっちゃったのかな。
気味が悪くなって、さっさとこれを終わらせたくて、
その小指にあたしの指を差し出す。

「もう、吸っちゃ駄目ですからね?」
「わ、わかってるわよ、煩いなぁ…」

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奴は嬉しそうに小指と小指を絡ませる。
なんでそんなに嬉しそうなの。

「あんたさぁ、気味悪いよ。」
「そんなことないですよ?」
「ちょっと、見せてみなさいよ。」
「え?ちょ、っと…」

火傷をした左手を見ようと、腕を握る。
小さく、痛い、と声がした。
やっぱり痛いんじゃないのよ、
無理すんなし、と思ったところで、

あたしは気づいてしまった。

「なに、これ…」

手首に、腕に残る、傷跡。
そこに走る筋をわざわざ切るような、
わざとらしい傷跡。
それはまだ新しいものも中にはあった。

気持ち悪い。

吐きそうになりながら、
あたしはここから逃げることを選んだ。

あたしには、わからなかった。
こいつが何をしたいのか、何が目的なのか。

怖くなって助けを呼びに走ろうとする。

「どこに、行くんですか?」

悲しそうにあいつがあたしに聞く。

「大丈夫だよ、救急箱、もらってくるから!」

        • -

「白石、大丈夫?手当て、できるよ?」
「大丈夫ですよ、」
「白石?なにしてんの、」

楽屋のドアを開ける。
その音は、あたしのトラウマの、
始まりの合図だった。

机を隔てた向こう側。
彼は煙草に火をつけていた。
しかし、その数は1本ではなかった。
箱の中に入っていた煙草7本すべてに、火はついていた。

「まだ残ってましたよ?」
「馬鹿、なにしてんの…?」

灰皿にきれいに並べられた7本の煙草。
灰が、長くなっている。

「これ以上、あきら様は吸っちゃダメです。」
「分かったから、吸わないから、白石、聞いてる?」
「でも、残ってたら絶対にあきら様は吸ってしまいます。」
「しない!しないから、」
「僕が、全部ダメにしてあげます。」

白い煙草を、まとめて掴む。
全ての煙草に、火がついている。
ゆっくりと振り上げる。
男の顔は笑っていて、
死んだ魚のような目をしていた。

「どうしたんですか、あきら様。」
「やめて、お願いだから、あたしを、信じてよ…」
「信じていますよ、あきら様。」

ふふ、と笑う顔が、寂しそうで。

「どうして、あたしを信じてくれないの…」
「信じてますよ?あきら様のこと、すごく信じてます。」
「どうして、自分を犠牲にしていくの?」
「あきら様の事が、大好きだからです。」

自分を犠牲にしてまで
どうしてあたしのことを考えるの。
あたしのこと、信じられない?

どうして自分の身を犠牲にする必要があるの
意味が、わからないよ。
ねぇ、白石?


「こうしたら、吸えないでしょう?」
「やめ、て…」


ピンクの髪が、突然の風に揺れる。
そう遠くない距離を、あたしは走る。
それを上回る速さで、その男は、
笑いながら、腕を振り下ろした。

勢いよく、白い腕に、
火のついた煙草が押し付けられる。
嫌な音がした。
肉の焼ける、嫌な音がした。

「あ…あ…あああああああああっ!!!」

痛みと熱さに耐え切れず、
その男は絶叫とともに涙を流す。
アルミの灰皿が音を立てて落下する。
もう、その音すら、聞こえない。

「馬鹿、なにしてんの…!」

ガタガタと震えるその体を抱きしめる。
涙声で、笑っている。
笑いつかれたのか、
あたしの耳元でくつくつと音を立てる。

「ねぇあきら様、見て…」
「なに」

嬉しそうに、火傷を見せる。
ひどい傷は、今すぐにでも治療しなければ。
でも白石は動かない。

「僕、あきら様のためだったら、死んでもいいです…」

呼吸が荒くなり、
くらり、その体が支えを失う。
気を失い、あたしにもたれかかる。
その目は、何故か、濡れていた。

        • -

入院先の病院で、あたしたちは再会した。
しばらく離れていたかったんだけど、
周りの人に無理矢理に連れてこられた。

入院中に、あいつが叫んだんだそうだ、
あたしにあいたいって。

怖くて、会いたくなかったのに。
会わないと、何をするかわからないから、
会ってあげてくれないか、といわれた。

あたしだって、どうなるかわからないよ。

24階。
エレベーターの扉が開く。
消毒薬の嫌なにおいが鼻につく。
病院の匂いって、なかなか取れないんだから
あんまりすきじゃ、ない。

あいつはぼんやりと窓の外を眺めていた。
また、どこか怪我したんだろうか?
頭に包帯を巻いている。

あたしを見つけたとたん、
表情を取り戻したように、
笑いかける。

しゃべりだしたら止まらなかった。
最近あったこと、
ここにきて思ったこと。
全部、全部をあたしに話してくれる。
ふと、思い出したように、
ぎゅ、とあたしの手を握った。


「ほら、あきら様。
 僕、あきら様の煙草をやめさせられるなら、何でもできる気がします。」
「馬鹿、あんた、なに言ってるの?!」
「僕、あきら様に何もしてあげられない。」

あたしを見つめて、口だけ笑ってこういった。

「でも、貴方の記憶に僕を植えつけることならできる。」

嬉しそうに笑う。
その笑い方は、
昔の笑い方ではなくて。



ねぇ、
昔のあんたは、
どこへ行ってしまったの?



ねぇ、
誰か、
あの時の白石を、返してよ。